15-6. 植物の生命工学,遺伝子工学
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1) 植物を対象とする生命工学
植物の生命工学に関する操作には独特な物が多い
植物細胞は硬い細胞壁を持ち、扱いにくい
→セルラーゼなどを使って細胞壁を除き、プロトプラストにした後に様々な操作を行うのが一般的
プロトプラストはそのまま単細胞培養でき、また細胞融合(ポリエチレングリコールなどを使用)などにも使われる
単細胞状態の未分化細胞は不定胚といわれるが、これをゲルで包んだものを人工種子といい、種子のように使用することができる
植物細胞を固形培地に移すと、細胞が不定形の細胞塊(カルス)として増殖する(組織片からもカルスが成長する)
植物には分化の全能性があり、どんな細胞からでも個体をつくることができるので、カルスを分化ホルモン添加培地に移し、個体にまで成長させることができる
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このように植物は無性生殖で繁殖でき、増えた個体は元と同一のクローンとなるが、この手法によって多くの商業価値の高いクローン植物(e.g. ラン、キク)が簡単につくられるようになった
また、種属の異なる植物を受粉させ、その胚をもとに個体をつくる胚培養といわれる技術により、すでにいくつかの野菜が実用化されている(e.g. キャベツとコマツナからつくられた千宝菜)
染色体をコルヒチン処理などによって倍加させると個体サイズが大きくなるが、このような染色体工学技術によっても有用な商品が開発された(e.g. ブドウの巨峰)
異なる種属の細胞の細胞融合によって新たな個体を作ることができ(e.g. トマトとジャガイモからつくられたポマト)、すでに多くの個体がつくられたが、大部分は染色体が不安定で不稔であるため、商業的に実用化されたものはほとんどない
脱核したA細胞との間で細胞融合を行うことによってA細胞のミトコンドリアにある雄性遺伝子を目的細胞に入れることができるが、このように細胞融合技術は遺伝子導入の一手段としても用いることができる
2) 細胞への遺伝子導入
遺伝子育種
まず細胞に遺伝子を導入してゲノムに組込ませ、マーカー遺伝子を指標に形質転換細胞を選択し、その細胞をもとに個体にまで生育させてトランスジェニック植物、いわゆる遺伝子導入植物(一般には遺伝子組換え植物, 遺伝子組換え作物)を作製する
遺伝子導入はアグロバクテリウムとTiプラスミドを使う方法や機械的方法(e.g. 金粒子にDNAを付けたものを打ち込むパーティクルガン)が使われるが、細胞をプロトプラスト化すれば動物細胞も同じように、ポリエチレングリコールを使ったDNA感染や電気的な方法(エレクトロポレーション. 個体組織に直接使用することもできる)も使える
3) 遺伝子組換え植物の作製例
栽培効率上の利益を目的とした取り組み
主に商業的に重要な作物(e.g. ダイズ、ワタ、トウモロコシ、ナタネ)に関して行われた初期の取り組み
1つは病原虫が食べると体内でBTトキシンという病原虫にとっって毒になる物質に変化するタンパク質の遺伝子が組込まれた作物(e.g. トウモロコシ、ジャガイモ)の作製
注. この遺伝子産物はアレルギーを起こすとの報告があったため、利用が飼料などに制限されている
除草剤のグリホサート(商品名ラウンドアップ)はEPSPシンターゼという酵素を阻害することにより雑草を死滅させるが、ある細菌の変異型EPSPはグリホサートに抵抗性を示す
この変異遺伝子を組込んだダイズがよく知られている遺伝子組換えダイズで、強い除草剤に対しても抵抗性を示す
商業作物での遺伝子組換はほとんどが上記2つの遺伝子に関して実施され、しかも世界の耕作面積に占める組換え作物の比率が20~80%に達するなど、遺伝子組換え作物が世界の農業においていかに重要な位置を占めているかがわかる
ウイルスに抵抗をもつものとして、ピーマンなどに感染するタバコモザイクウイルスを対象に、ウイルス遺伝子の一部を入れた作物が作られている
RNA干渉の機構によりウイルス抵抗性が増した
品質改善をねらった取り組み
その後、品質や付加価値の向上をめざした遺伝子組換え植物もつくられてきた
このなかにはペクチン分解酵素(ポリガラクツロナーゼ:実を柔らかくする)を抑制して熟成速度を抑えるトマトなどがある
バラは青い色の花を付けることはないが、これは青色をつくる酵素の1つF3'5'Hがないことに起因する
そこでこの遺伝子をペチュニアから取り出し、それをバラに入れて遺伝子組換えバラをつくったところ、青いバラができた
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最近の動向
健康によいと考えられる遺伝子組換え植物が多数作られている
このなかには特定の成分を増減させることにより、肥満、糖尿病、高血圧、骨粗鬆症、アレルギーといった疾患の対策にの対策に利用しようとしているものがある
e.g. グロブリンタンパク質を含まないコムギ
ゴールデンライスは遺伝子操作によって緑黄色野菜に多く含まれる栄養素であるβ-カロテンが含まれるようにしている
世界の逼迫している食糧事情をふまえ、不毛の地でも食料となる植物を栽培するための取り組みが遺伝子工学的に進められている
e.g. 砂漠の環境でも育つタバコ、乾燥環境で生育できるユーカリ、塩分耐性をもつイネ
4) 植物に特有な問題
ヒトに対する安全性
BTトキシンに関する事故例
食糧増産という大義名分があるものの、やはり安全性には十分な検討が必要
一般には短期毒性試験をクリアすれば「安全」とされてしまうが、長期・慢性毒性やアレルギー源の可能性はすぐには判断できず、問題として残る
実験動物で行った安全試験がヒトにそのまま当てはまるかどうかも不明
遺伝子組換え食物は使用する遺伝子もベクターも異なり、一様に決めつけることはできないが、常に監視していく必要があろう
寡占の問題
商業作物の種苗市場に企業が参入し、遺伝子組換え作物がつくられているが、そのなかには企業の利益継続のために、販売する組換え植物から採ったタネが勝手に使われないようにするためにターミネーター技術を組み入れる場合がある
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工場出荷時に苗を薬剤で処理するが、その個体はふつうに成長して種子もつける
しかし種子を発芽させようとすると、発芽時に働くプロモーターによって自殺遺伝子が発現して死んでしまう
生態系や周囲への負荷
植物は花粉などが周囲に飛散し、種子もいろいろな方法で拡散しやすく、周囲の植物との間で交配が起こったり、組み替え体の侵襲が生じる危険性があり、事実いくつかの事例でそのような「汚染」が認められている
e.g. ナタネを栽培していたが、隣に遺伝子組換えナタネが栽培されており、知らないうちに組換え体が根付いてしまった
生態系撹乱の問題は予想が難しく、さらに厄介
殺虫効果を持つように遺伝子操作した作物が害虫のみならず、一般の土壌細菌やミミズといった有益な生物を死滅させたという報告もある